リレーエッセイ

私と漢方との出会い

私と漢方との出会い

リレーエッセイ | 第19号投稿記事(2024年1月)  喜多 敏明 先生

私と漢方との出会い

喜多 敏明

辻仲病院柏の葉 漢方未病治療センター センター長
一般社団法人 漢方未病教育振興協会 理事長

 
 人生においては何事も偶然である。しかしまた人生においては何事も必然である。このような人生を我々は運命と称している。(三木清『人生論ノート』より)
 私と漢方との出会いもまた偶然でありました。私がたまたま入学した富山医科薬科大学(現富山大学)医学部の附属病院に和漢診療部が設置され、恩師である寺澤捷年先生が赴任されたことがそもそもの始まりです。医学部で受けた臨床講義の中で、寺澤先生の『和漢診療学』に関する授業は私にとって特別な意味を持っていました。「漢方は心身一如の医学である」という言葉が、私の将来を決定づける教えとなったからです。私は中学時代から、自分の人生のテーマは「心を理解すること」であると感じていました。医学部を受験するときにも、「心を理解できる医者になりたい」と考えていたこともあって、卒業後の進路を選択する際に、漢方の道を志したことは人生の必然でもあったわけです。
 患者の心を理解するために、私は証(漢方医学的病態)の身体的側面よりもむしろ心理的側面に興味を持ち、同じ気鬱の病態であっても、クヨクヨしやすい患者には半夏厚朴湯や香蘇散が適応になり、イライラしやすい患者には加味逍遙散や抑肝散加陳皮半夏が適応になることを知りました。加味逍遙散と抑肝散加陳皮半夏では、適応となる患者の性格特性に違いがあることもわかってきました。このように心を理解しながら漢方で治療していると、心身全体の不調が改善されるという多くの経験を通して、この治療アプローチは患者の中の治る力を引き出すことで、病気の種類に関係なく効果を発揮する「未病を治す究極のアプローチ」ではないかと考えるようになりました。

 未病とは、不健康な状態であり、心身全体が不調を呈している状態であり、病気になりやすい状態であり、病気が治りにくい状態です。病気の有無に関わらず、この未病の状態を改善することこそが、漢方治療の極意であるということを「上工は未病を治す」という言葉が教えてくれています。漢方治療には多くのアプローチがありますが、心を理解しながら未病を治すアプローチを開拓し、後進に伝えることこそが、私の運命であり、私の使命なのだと思っています。2023年12月に拙著『プライマリケア漢方』を増補改訂し、未病に対する漢方治療と養生支援のヒントを追加することができましたので、これからも使命を果たしていくための足掛かりにしたいと考えています。